軽快で、単調で、等間隔の音が聞こえ続ける。
鳴り続けているようにも聞こえ、感覚が開いているようにも聞こえる。
夏の日差しの残り香を楽しみつつ、
山の景色を見渡せば椛が紅く色づき始める季節。
街に目を移せば、まだ終わらない夏を楽しむ者や、
新しい季節を先取りする者などが、スクランブル交差点を行き交っている。
そして、移り変わる季節へのSE(サウンドエフェクト)かのように、
水滴が地面を強く打っている。
「降水確率90%だったなぁ」
香ばしくも芳醇で、やや酸味を含んだ匂いが広がる室内において、
私は、ガラス越しに見えるスクランブル交差点を眺めながら、傘を
持ってきていない現実に気付かされてしまった。
自室に籠もっていても、ただただ虚しく時間が過ぎてしまう事実に嫌気が差し、
それならばと、街中の喫茶店で380円のコーヒーでも飲みながら、興味があるでもなく
購入した、「坊っちゃん」を読んでいた。
「喫茶店」で、「小説」を読みながら、「コーヒー」を飲むその行為は、
付加価値があるようで、虚しく過ぎていく時に対する焦りが和らいだように感じる。
有意義にすら感じた時をすごしたせいか、鳴り止まない雫の音に、
いよいよマグカップの底に描かれている店のロゴが見えてしまった。
不幸は続く。更に輪をかけて、坊っちゃんにも飽きてしまった。
残すところ残り8ページ。ほぼ落ちが見えてしまったせいか、
元々興味がなかったせいか、突如集中力が途切れてしまった。
喫茶店から家まで徒歩30分。傘は無い。残金500円。
家には展示会が出来そうなほどの傘がある。極力傘は買いたくない。
この店に居続けるにしても、些か手持ち無沙汰である。
コーヒーを追加でオーダーして雨が止むのを待つという手もあるが、
止まなかったときの精神的ダメージは耐え難いものがある。
無駄にコーヒーを頼んだ挙句、期待していた天気にならず、最終的にずぶ濡れで帰る
そんな結末は、私は望んでいない。
そんな、考えを巡らせている間に、止むのではないかという期待も、脆くも崩れ去り、
いよいよ、真面目に選択をしようと考えていた矢先、1件の着信音が、思考の海から現実へと
意識を引きずりだした。
「そんなところでなにやってんの?」
スリープを解除した、ロック画面にぶっきらぼうな一文が映し出されていた。
あたかも、私がここにいるのを直接見ているかのような文章に、
首を左右に振り、店内を確認してみた。
送り主と思しき姿は見つけられず、返信する文面を考えながらガラス越しの外を見やると、
そこに”いた”
ちょうど、スクランブル交差点の真ん中ぐらいを、黄色い傘をさして、
こちらに向かって歩いてきているところだった。
喫茶店の店内が、外からでも人が立った状態で見渡せる設計になっているとはいえ、
距離的には50メートルは離れており、人通りがあることも考えると、どうやって
私を見つけ出したのか恐怖を感じた。
と同時に、どうして私自身、相手を見つけ出せたのか疑問を感じた。
人の往来が激しく、普段であれば「ウォーリーを探せ」ぐらい、
人を見つけ出すのは困難なはずである。
しかし、今、目の前に広がっている景色は違っていた。
送り主しか、歩いている人はいなかった。それどころか、
それ以外の人がいなかった。
まさに異様な光景が目の前に広がっていた。
そして、異様な光景はさらに続く。
突然、凄まじいスキール音が聞こえてくると同時に、私の視界の右端に、
1台の大型トラックが映し出された。
トラックは斜体をふらつかせながら、先ほどメールを送ってきた送り主の元へと近づいていく。
まばたきをして、目を開いた瞬間には、トラックは視界の左端に移動していた。
そして、彼<送り主>の姿はもう、視界からは居なくなっていた。
遅れて、彼が先ほどまで立っていた交差点の頭上から、黄色い傘が落ちてきた。
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